祭りの歴史と由来
潮来祇園祭禮は、元禄年間(1688~1704年)に常陸水戸藩の第2代藩主・徳川光圀の命により、天王山に鎮座する素鵞熊野神社が遷宮され、山車が奉納されたことに始まります。この神社は、疫病除けの神として知られる牛頭天王を祭神とし、疫病退散を祈願するために創建された歴史があります。神社の例大祭として、毎年この時期に盛大に執り行われています。
潮来祇園祭禮の開催日程と主な行事
潮来祇園祭禮は、毎年8月の第一金曜日から日曜日までの3日間にわたり開催されます。初日には、天王様、権現様と呼ばれる2基の神輿が出御する「御浜下り」が行われ、各町内の山車が神輿を迎えます。中日の本祭では、神輿が町内を練り歩く「町内渡御」が行われ、最終日には神輿が神社に戻る「還御(お山上り)」が行われます。
初日:御浜下り
初日は、祭りの幕開けを告げる「御浜下り」が行われます。天王様、権現様の神輿が神社を出御し、各町内の山車がこれを迎え、盛大に祭りが始まります。この行事は、地域住民が一体となり、神輿と山車が町中を練り歩く姿が特徴的です。
中日:町内渡御
中日の本祭では、神輿が町内を練り歩く「町内渡御」が行われます。各町内で山車が引かれ、潮来ばやしが響き渡る中、神輿が町中を巡行します。迫力ある若衆の取り合いも見どころの一つです。
最終日:還御(お山上り)
最終日には、神輿が神社に戻る「還御(お山上り)」が行われ、祭りはクライマックスを迎えます。この時、神輿と山車が一体となって町中を練り歩く様子は、まさに圧巻です。
祭りを彩る山車と潮来ばやし
潮来祇園祭禮の魅力の一つは、総数14台の豪華絢爛な山車です。これらの山車には、歴史上の人物や大人形が飾られており、その高さは4メートル以上にもなります。山車の形は佐原の大祭の流れを汲む佐原型山車で、精巧な彫刻や華麗な装飾が施されています。
また、山車に乗った芸座連によって奏でられる「潮来ばやし」は、祭りに花を添える重要な要素です。この潮来ばやしは、茨城県指定の無形民俗文化財に指定されており、その音色は祭りの雰囲気を一層盛り上げます。
山車の見どころ
特に注目すべきは、「のの字廻し」や「そろばん曳き」といった「曲曳き」です。これらは、若衆と山車、芸座連が一体となり、絶妙なタイミングで山車を操る技術であり、その迫力と華麗さは見る者を圧倒します。山車のうち3台は茨城県指定の有形民俗文化財に指定されており、その文化的価値も高く評価されています。
素鵞熊野神社 - 潮来祇園祭禮の中心
素鵞熊野神社は、文治4年(1188年)に辻の天王原に祭られていた小社を潮来の天王河岸へ移し、疫病除けの神として知られる牛頭天王を祀ったことが始まりです。元禄9年(1696年)に現在地に遷座し、熊野三社権現と相殿になりました。天保15年(1844年)には、仏教色の強い牛頭天王から神道的な素鵞神社へと社号が改められ、現在では素鵞熊野神社として親しまれています。
祭神と境内社
素鵞熊野神社の祭神は、須佐之男命、奇稲田比命、速王男命の三神です。また、境内には神明神社、大六天神社、松尾神社、淡島神社、金比羅神社、愛宕神社、大杉神社、稲荷神社が祀られています。
文化財としての価値
素鵞熊野神社に奉納される獅子舞と潮来ばやしは、茨城県指定の無形文化財に指定されており、その伝統と技術は地域の誇りです。また、境内の大欅は茨城県の天然記念物に指定されており、神社全体が文化財としての価値を持っています。
潮来祇園祭禮 - 地域の伝統と未来へ
潮来祇園祭禮は、地域の伝統を守り続ける祭りとして、今後も多くの人々に親しまれることでしょう。その歴史と文化を後世に伝えるため、毎年多くの人々がこの祭りに参加し、地域の絆を深めています。ぜひ、次回の祭りには、皆様もその一員となり、この素晴らしい伝統を体感してみてください。